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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)124号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二 本願第一発明の概要

オレフイン重合体(エチレン、プロピレン、ブテン、イソプレン、ペンテンなどを重合または共重合して得られる熱可塑性樹脂)組成物の安定剤の目的は、高温における加工中重合体の分解を防ぐこと、また該重合体の使用中の耐熱性と耐光性を高めることにあることについては、当事者間に争いのないところであるが、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一ないし三(本願発明の特許出願公告公報(特公昭五九―二一三四三号公報)、昭和六〇年六月一二日付手続補正書及び昭和六一年八月二〇日付手続補正書。以下、「本願特許明細書」という。)によれば、従来、塩化ビニル重合体の場合における安定剤として、カドミウム、カルシウム、鉛、亜鉛、バリウム、ストロンチウム、すず、マグネシウム及びアンチモンの種々の有機塩が有効であり、混合金属塩はことに有用であること、ジアルキルすず化合物も有効であることが知られていること、しかしながら、これらの化合物はこれらの重合体にある程度の安定性を与えることが認められているにもかかわらず、これら金属塩を単独でまたは互いに組合せて使用しても、多くの場合必ずしも要求される耐劣化性を与えるものではないことはよく知られていること、これらの金属安定剤の性能は、塩化ビニル重合体組成物に有機ホスフアイトを加えることによつてかなり高めることができ、多くのこのような有機ホスフアイトは入手できてこの目的を達することができること、しかして、本願第一発明は、これらのうち構造式

<省略>

または

<省略>

(式中R及びR´はおのおの炭素数三~一〇のアルキルである)の一方または双方を有するビス(アルキルフエニル)ペンタエリトリツトジホスフアイトからなる安定剤であり、これらのホスフアイトは、高温により引き起こされる変色を抑制する傾向があるため、またそれら自体非常に安定であるため、前記本願第一発明の要旨記載のとおりの構成を採用することによつて、他の有機ホスフアイト安定剤が通常有しないような、比較的高度の固有の安定性を、ことに高い温度条件下で有するという特性を有する安定剤を提供することを目的とするものであることが認められる(甲第二号証の一第四欄二五行ないし第五欄二九行)。

三 取消事由に対する判断

1 引用例の記載内容が審決の認定のとおりであること、本願第一発明と右引用例記載の発明とは、両者ともオレフイン重合体の安定剤として引用例の前記式(1)で示されるジー(アルキルアリール)ペンタエリトリツトジホスフアイトを用いるものである点で一致しており、ただ、前者のアルキルアリールが、炭素数が三~一〇のアルキル基二個で置換されたフエニル基であるのに対し、後者のアルキルアリールとして炭素数が三~一〇のアルキル基二個で置換されたフエニル基を用いることについて具体的に開示されていない点で相違するだけであることについては、当事者間に争いがない。

2 本願第一発明の進歩性についての判断

(一) 引用例に記載された式(Ⅱ)の化合物(化合物(Ⅱ))のアルキルアリールは炭素数が九のアルキル基で一置換されたモノアルキルフエニル基であり、同じく式(Ⅲ)の化合物(化合物(Ⅲ))のアルキルアリールは炭素数が一のアルキル基で一置換され、炭素数四のアルキル基で二置換された(全部で三置換された)トリアルキルフエニル基である点については当事者間に争いがなく、この事実と前記1の事実によれば、本願第一発明の化合物と引用例の化合物(Ⅱ)、(Ⅲ)とは、化学構造的には基本骨格において一致し、フエニル基の置換基であるアルキル基の数が本願第一発明の化合物にあつては二個であるのに対し引用例の化合物(Ⅱ)、(Ⅲ)にあつては一個あるいは三個である点のみが異なる、化学構造類似の物質であると認めることができる。

(二) ところで、発明の進歩性は効果の差を抜きにしては論じ得ないところであるから、右のように、当該発明に係る化合物が、その化学構造において公知化合物の化学構造と類似していても、そのこと故に直ちに当該発明を推考することが容易であるとしてその進歩性を否定するのは相当でなく、その化合物によつて公知化合物からは予測できない特有の効果が奏される場合には、発明の進歩性は肯定されるべきものである。

(三) そこで、次に、本願第一発明の作用効果の顕著性について検討する。

本願第一発明の目的が、他の有機ホスフアイト安定剤が通常有しないような、比較的高度の固有の安定性を、ことに高い温度条件下で有するという特性を有する安定剤を提供するものであることについては前記のとおりであるが、前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書には、本願第一発明の効果として、「ここで製造されたジホスフアイト生成物のオレフイン重合体添加物としての効率は、オレフインの代表例としてのポリプロピレンの試験結果によつて示され、この結果によると高温における繰り返し押出し後のポリプロピレンの安定性が認められる。」との記載(第一〇欄九行ないし一四行)及び同試験結果を示す表ⅠないしⅣが存するところ、表Ⅰは、本願第一発明に該当する化合物を安定剤とするオレフイン重合体組成物の安定性を調べるため、熱老化試験として一回目及び五回目の押出し後の試料の高温(一五〇℃)における破損に要する加熱時間を測定し、一回目の押出し後と五回目の押出し後とでは実質的な差が認められないことから、同組成物は加熱における劣化に関し実質的に変化しないことを示し、表Ⅱは、本願第一発明に該当する化合物を安定剤とするオレフイン重合体組成物の高温における五回の押出し直後の試料のメルトインデツクスの数値が一回押出し後のそれに比べて実質的な差が認められないことから、同組成物の分子量に実質的に変化がない、すなわち同組成物が安定性を有していることを示し、表Ⅲ、Ⅳは、本願第一発明に該当する化合物を安定剤とするオレフイン重合体組成物が安定剤を含まないオレフイン重合体組成物及び本願第一発明の化合物と化学構造類似の化合物(一個のアルキル基で置換されたもの)を安定剤とするオレフイン重合体組成物よりも押出しの回数の増加によるメルトインデツクスの変化量が少ないところから、本願第一発明の安定剤は安定効果において他の安定剤よりも優れていることを示していることが認められる。以上によれば、本願第一発明は、他の有機ホスフアイト安定剤が通常有しないような良好な安定特性を有する安定剤を提供することを目的とするものであり、かつ、本願第一発明の安定剤の安定性の効果として、それ自体良好であり、しかも本願第一発明の化合物と他の化学構造類似の化合物に比べてもより良好であることが認められる。

更に、本願第一発明の安定剤と引用例の安定剤との安定性の効果の相違について検討する。いずれも成立に争いのない甲第五号証の一及び二(ウイリアム・ピー・エンロウの宣誓供述書及び証拠A・比較データー)によれば、オレフイン重合体の安定剤の安定性の効果は、重合体(ポリマー)の退色が分子量の減量及びそれに伴う機械的特性の低下のような重合体自体の劣化を通常示すところから、高温度(一五〇℃)への露呈のためのサンプル全体の退色及び/または劣化(オーブンエージング)を時間の関数として測定すること、及び、紫外(UV)光線への露呈のためのサンプル全体の退色及び/または劣化(紫外線エージング)を時間の関数として測定することによつて、右安定性の優劣を知ることができること、また、メルトフロー(MF)及びメルトインデツクス(MI)のいずれかの変化は重合体鎖の切断(MF及びMIの増加)または重合体鎖の架橋(MF及びMIの減少)のいずれかによる分子量の変化を示すところから、重合体組成物の連続押出しでMF及びMIが初期のMF及びMI値にできるだけ近いままであることが優れた安定性を示すものとして、右安定性の優劣を知ることができる(甲第五号証の二訳文一頁一二行ないし二頁一四行)ところ、プロピレン重合体に本願第一発明の化合物であるジ―(2 4´―ジ―第三ブチルフエニル)ペンタエリトリツトジホスフアイト(甲第五号証の二には「6 2 6」として表示されている。)を安定剤として使用したものと引用例化合物(Ⅲ)であるビス―(2 6´―ジ―第三ブチル―4―メチルフエニル)ペンタエリトリツトジホスフアイト(甲第五号証の二には「化合物8」として表示されている。)を安定剤として使用したものとを比較試験した結果、前者は後者よりも、オーブンエージングにあつては一〇%程度、紫外線エージングにあつては三〇%程度の優れた安定性を示すこと(甲第五号証の二訳文の表Ⅰ、同八頁一五行ないし一九行)、MIにあつては、後者は三回の押出しによつて六・三から一四・八へと二倍以上の増加を示したのに対し前者は四・四から六・〇へ増加したにすぎないこと、MFにあつては、前者は後者よりも高いMFを永く保持し得たこと(甲第五号証の二訳文の表Ⅱ、Ⅲ、同八頁二〇行ないし九頁一〇行)が認められ、これらの結果によれば、本願第一発明の安定剤は、引用例の安定剤に比較して、その安定性の効果において顕著な優位性を示しているものと認めることができる。(なお、「プロピレン重合体の安定化に関する限り、本願第一発明の化合物を用いた場合よりも、引用例の式(Ⅲ)で示される化合物を用いた方がプロピレン重合体の粘度変化が小さい点で優れている」との審決の判断が誤りであることは、被告も認めるところである。)

四 以上によれば、本願第一発明の化合物は、引用例に記載の化合物と化学構造が類似しているとはいえ、その作用効果の点において、引用例記載の化合物に比べて顕著なものであることが認められるから、本願第一発明の進歩性を肯定するのが相当である。

なお、被告は、「本願第一発明が特許性ある発明とするには、本願第一発明に属する安定剤のうちの一部だけでなく全てが引用例に具体的に開示されているものと比較して顕著な効果があることが立証される必要がある」旨主張するが、前掲甲第五号証の一、二により認められる前記のような本願第一発明の化合物と引用例の化合物(Ⅲ)との比較試験の結果は、本願第一発明に属する安定剤のうちの特定の一部の化合物と引用例の化合物との作用効果の差異を示すに止まらず、フエニル基の置換基であるアルキル基の数の相違による作用効果の差異を示すデーターとして理解し得るものであるから、被告の右主張は採用できない。

3 よつて、本願第一発明の効果は顕著であるとは認め難いとして本願第一発明の進歩性を否定したうえ、本願第一、第二発明はいずれも特許法二九条二項の規定によつて特許を受けることができないとした審決の判断は、違法なものとしてその取消しを免れない。

四 以上のとおりであるから、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるからこれを認容することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

1 次式

<省略>

及び/または

<省略>

(式中R及びR´はおのおの炭素数三~一〇のアルキルである)のジ―(ジアルキルフエニル)ペンタエリトリツトジホスフアイトからなるオレフイン重合体組成物の安定剤(以下、「第一発明」という。)。

4 次式

<省略>

及び/または

<省略>

(式中R及びR´はおのおの炭素数三~一〇のアルキルである)のジ―(ジアルキルフエニル)ペンタエリトリツトジホスフアイトと、オレフイン重合体を安定化するに充分な、小割合のフエノール系抗酸化剤の混合物からなるオレフイン重合体組成物の安定剤(以下、「第二発明」という。)。

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